イノシシとブタとが、あるところで出あいました。
イノシシ「おい、ブタ公、きさまは身体のつくりはおれとそっくりじゃが、おとなしいばかりで、
いっこう意気地のねえやろうじゃねえか」
ブタ「うん、まったくそうだ。おれももっと強くなりたいとおもうのだが、どうも強くなれぬ」
イノシシ「なれぬことがあるものか。おまえたちもおれといっしょに山に来て、すこし浩然の
気をやしないたまえ。だいたいおまえの生活はなんだい。のそりのそりと小さい小屋の中で、
イヌのくそまで食っていて、よいかげんに肥えたかとおもうと、コロリッところされてしまって、
人の口にいれられるとは、いったい、あんまりなさけなさすぎるのではないか」
ブタ「それでは、おれも発憤したから、よろしくたのむよ。ついては、おれが逃げてしまっては、
かずがたらぬというので、主人が不審がるから、おれが山へ行って修業してくるあいだ、
しばらく、おまえ、かわりにオリの中へはいっていてくれ」
そこで、はなしがまとまって、イノシシはオリの中へはいり、ブタは山へと遁走しました。
さて、数年たって、山へ行って修業したブタは、もうりっぱな一人前のイノシシ武者となって、
はるばるとこいしき人里へと帰ってきました。そして、オリのところへ行って、
「おい、兄弟、長いあいだ、きゅうくつなめをさしたね。おかげで、やっと一人前になって、
いま帰ったよ」とのぞきこみました。
こちらはイノシシ、ながいこと、せまいオリの中に飼われ、おとなしい連中ばかりといっしょに
いたため、とうとうほんもののブタになってしまっているのでした。
そこで、「おや、いまお帰りか。ところで、なんと、おまえさんの顔は、おそろしくすごくなったね。
それにまぁ、りっぱな牙まではえて」
「あっ、おまえの牙はどうした」
「こうしてここにいるあいだに、しらぬまになくなったんだよ。わしは、もう、山にうつるのは
いやになった。わしは、おまえさんのようにおそろしい姿は、見るのもいやだ」
「なんと、弱虫め。そんな意気地のねえことでどうする。さあ、約束どおり、
おまえとおれといれかわろう。おれはこのオリの中へはいって、みんなのやつを、
りっぱなイノシシにしこんでやるんだ」
そこで、二匹は、いれかわりになりましたが、そのご、しばらくたってから、いきおい
こんで帰ってきたイノシシは、またもとのブタとなり、こわごわ山へ帰ったブタは、
もとのイノシシになってしまいました。
なんでも、ちょとん〔猪豚〕のことでかわるものです。