むかし、まだ、この世の中が、今のようにみだれていず、神さまも
人間といっしょにこの地上にお住まいになっていたころのはなしです。
ある国にカナンという一人の少年がおりました。お父さんは、
その国の大臣で、ひじょうなお金持ちでしたから、カナンは、
小さい時から、わがままで、少しもお金のありがたいことや、物を
大切にせねばならぬことを知りませんでした。
お母さんは、これを見て、なんとかしてカナンのわがままをなおして、
賢い子にしてやりたいものだと思い、ある日、氏神さまにおまいりして、
神さまにそのことをお願いしました。
今では、人間がいろいろよくが深くなって、神さまへおまいりしても、
自分の勝手なことばかりをお願いするので、神さまもいや気がさして、
つぎへつぎへとこの地上を見捨てて、天へお上がりになって
しまいましたが、大昔は、人間がひじょうにていちょうに、そして、
清潔にお祭りしたものですから、神さまも人間の願いごとは、正しい
ことなら、たいていのことはお聞きとどけくださったのです。
すると、ある日のこと、カナンはいつものとおりのわがままを
いっていますと、表のほうからボロボロの着物を着た老人の
乞食が「ぼっちゃんに会いたい」といいながら、ずんずん内庭
へはいって来ました。
ソレを見て、「おまえは誰だい、ぼくは乞食などにようはない」と
横柄な言葉つきでカナンはいいました。
「ぼっちゃん、私がよいところへつれて行ってあげますから
こちらへおいでなさい」 お爺さんは、ニコニコしながら、右の
手をあげてまねきました。
すると、カナンの身体は、ちょうど電気に吸いつけられたように
スルスルとお爺さんのそばへ行ってしまいました。
カナンはなんだかこわくなったので、走って逃げようと
思いましたが、どうしたものか、身体が少しも自分の思うようには
動きません。そして、自然に足が前へ出て、お爺さんのあとから
ズンズンついて行かねばなりませんでした。
家では、カナンがきたない乞食のお爺さんに引きづられて
行ったというので、上を下への大騒動がはじまりました。
「どっちへ行った? 」 「東だ、東だ」 と一人が言えば、
「イヤ、西だ、西だ」と、もう一人が言います。
「そんなら、八方へ手をわけて、早くつれて帰れ」と大臣は
うろたえ顔で命令しました。
そこで、ある者は野へ、ある者は町の方へ、と、鐘や太鼓を
打って、「もどせ、かえせ、ドンチンチン、カナンをかえせ、
ドンチンチン」と、はやしながら、さがしまわりました。
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