いっぽう、カナンはお爺さんにつれられて鎮守の森まで来た時、
急に、うしろのほうから大勢の人声がして、しきりにカナンの名を
呼びながらやって来たので、
「ここにいるよ、ぼくはここにいるよ」
と大声で叫ぼうとしましたが、ふしぎなことには、いっこうに声が
出ませんでした。そのうち、二、三人の人たちは、鎮守の森の中へ
はいって来て、あちらこちらとさがしはじめました。カナンは、
"今にあの人たちが自分の姿を見つけてくれるだろう"と
思いながら、お爺さんと並んで、拝殿の前に立っていました。
しかし、その人たちは、ちょうどカナンのいる前を通り過ぎながら、
少しもカナンの姿が目に入らぬかのようでした。
カナンはひじょうに残念がりましたが、声も出ねば身動きも
できないので、どうすることもできませんでした。
カナンは、どうなることかと心配しながら、ふと、お爺さんの顔を
見ますと、さっき自分の家に来た時とはまるでちがい、ひじょうに
気高い姿となって、頭が自然にさがるようでした。
「カナンや、心配することはない。わしはここの氏神だよ。
おまえのお母さんの願いによって、お前にこれから良い修業を
さしてやるから、ちょっと目をおつぶり」
神さまは、おごそかにこうもうされました。
「ハイ」
カナンは、おとなしく目をとじました。
「こんど、お前が修業に行く所は、貧乏人ばかりの国だけれども、
みんな心配ない人ばかりだから、しばらくのあいだ、
しんぼうしておいで。そのうちに、また迎えに行ってあげるから」
カナンは、どんな所へつれて行かれることかと、ビクビクして
おりましたが、そのうちに、神さまが何やら口で呪文をとなえられて、
「サア目を あけよ」
と、いわれたかと思うと、カナンのいる所は、もう、ちゃんと貧乏村
でありました。
カナンは、ふしぎそうにジロジロあたりを見まわしますと、今まで
自分が住んでいた所とちがい、小さな家ばかりが道の両側に
並んでいて、ちぎれかかった着物を着た人びとが、
いっしょうけんめいに、いろいろの仕事にせいを出していました。
そこへ、一人の男がやって来て、しばらくカナンの顔をながめて
いましたが、
「ははあ、おまえさんだね。こんどの新入生は。では、こちらへ
おいで、王さまに会わせてあげるから」
と、手をとって王さまの前へつれて行きました。
王さまは、カナンの頭をなでながら、
「ここは、なまけ者の修業場で、わしは、この国の王さまだ。
おまえは見たところまだ年も若いが、よほどなまけ者と
みえる。今からわしのいいつけどおりに、しばらくはたらくのだぞ」
と、もうされました。カナンはこまったことになった、と思いましたが、
もうなんともいたしかたありませんでした。
カナンは王さまの命令によって、まい日、まずいごはんをたべながら、
この国と隣の国とのさかいにある峠のふもとに立っていて、
そこへさしかかって来る車のあと押しをすることになりました。
コメントする