さてこの国は、ぞくに汗取り王国ともうしまして、せいいっぱい
はたらいて、汗をたくさん出した者がえらいのです。
そして、ここへ修業に来た者たちには、それぞれ大小いろいろな
壺があたえられます。それは、もとなまけたていどによって、壺の
大小があるので、この壺へいっぱい自分の汗をためたら、それで
卒業ということになって、ふたたびもとの世界へ帰ることが
できるのです。
この壺は、自分が壺のそばに行かなくても、ただはたらくていどに
したがって、自然に汗がたまるのです。しかし、ちょっとゆだんを
してなまけ心が起こると、すぐに今まで苦心してせっかくためた汗
までが、一時にへってしまうという、奇妙な壺でした。
カナンも最初にはたらきに出る朝、王さまからごく小さい壺を
わたされました。けれどもなまけ者のカナンは、少しも命ぜられた
仕事をしません。だから、汗は壺に一しずくもたまりませんでした。
時によると、二度か三度、車のあとをおして、
「ああくびれた。あんなまずいものばかり食べていてはやりきれん。
もうおなかペコペコだ。しかし、今日はたいへんに汗を出したぞ。
いずれ壺には洪水のように汗があふれ出ていることだろう」
と勇みたって帰って来ることもありました。が、壺のふたを
取って見ると、芋の葉の露くらいしかたまっていません。
「これはけしからん。この壺は調子が悪いのだな。王さま
のはげ頭め、こんな汗の出ぬ壺をぼくにくれおったな」
カナンは自分がはたらかないで、壺や王さまの悪口ばかり
いっていました。
ある日のこと、年上の友達がやって来て、
「カナンさん、この汗壺には霊があるのだから、この壺を
かわいがってさえやれば、もとのかたちよりずっと小さく
ちぢまりもするし、また遊んでいても、汗はひとりでに
たまることもあるんだ」 と、笑いながら話しました。
「ヘーエ、そうか。それでわかつた。きのう卒業して行った
となりの部屋の男は、まい晩まい晩、自分の壺をなで、
お礼をいってたっけ。それでわかつた」
そこで、カナンは、その晩、さっそく、うやうやしく、汗壺を
棚にあげて、
「ナム汗壺大明神さま、私の一生のお願いですから、
なにとぞ、もう少々ちぢまっていただきとうございます。
私は早くここから帰りたいのです。そして、すきな活動写真
〔映画〕へ行きとうございます。きんつばや、もなかや、
リンゴやカキもほしいのであります。私の家は大臣ですから
早く帰してくだされば、あなたの願いはなんでもかなえて
あげます。ナム汗壺大明神さま」
と、両手をあわせて、一心にお祈りをいたしました。
そして、ヒョイと顔をあげて棚の上を見ますと、いつのまにやら、
汗壺は反対にふくれあがって、以前の二倍ほどの大きさに
なっていました。
カナンはたいへん怒って、いきなり、その壺を壁に投げつけて、
粉微塵〔こなみじん〕にくだいてしまいました。
すると、王さまは、その罰として、前の壺の二倍以上も
あろうという大きな壺を出してくれました。
カナンは、すっかり後悔しました。そして、
「これは、どうしてもほんとうにはたらいて、早く壺をいっぱい
にしなければだめだ」
と、生まれかわったように正直にはたらきはじめました。
カナンのただ一つの楽しみは、まい日、家へ帰って壺に
たまっている汗を見ることでありました。
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